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zoom RSS 友の会見学会「早春の狭山丘陵歴史散歩」

<<   作成日時 : 2018/02/28 10:25   >>

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 29年度6回目のバス見学会、眼目はシリーズで企画を続ける埼玉県内の地域博物館訪問です。
狭山市立博は円形の1階ホールから壁に添ってらせん状のスロープをたどり2階展示場に上がる個性的な構造になっています。これは水路が整備される近世まで用水で苦労した武蔵野台地を象徴するすり鉢状の井戸(通称まいまいず井戸)をイメージした造りとの事でした。展示場で目を引くのは170万年という遠い昔に生息していたアケボノ象の標本です。昭和60年に市域の入間川左岸でほぼ完形で発見された骨格化石をもとに復元されました。
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               鈴木学芸員―左手前―によるギャラリー解説

 所沢市埋蔵文化財センターは、古戦場で有名な小手指ヶ原の一角にあります。東山道、鎌倉街道などの幹線古道が縦横に走っていた市内各地から、都市化の進展による開発工事で現れた膨大な出土品や調査記録が、このセンターで管理されています。大小の復元土器がならぶ収蔵庫や作業場を見学の後、スライドで発掘資料を中心に所沢の歴史を解説していただきました。
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       安藤学芸員(左端)より地形ジオラマで遺跡の話を聴く会員

 センターの近くには旧石器時代の研究で著名な砂川遺跡があります。この遺跡から出土して明治大学に保管されている石器は国の重文に指定されました。数多い旧石器時代の遺跡の中で、遺跡公園として保存されている所は県下では唯一、全国でも希少な例です。東方の低地に向って緩やかに傾斜する地形が読み取れる眺望の開けた気持ち良い遺跡でした。
   
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                      茶畑にかこまれた砂川遺跡

 所沢市南西部に拡がる狭山丘陵、その谷地を利用して古代から稲作が営まれ、一帯は山口郷と呼ばれる市内では最も古い歴史を持つ地域です。ところがこれらの谷の内、特に大きな二つの谷が昭和の始め東京の上水用貯水池となりダムの底に沈みました。当時この谷には勝楽寺、堀口村があり282戸1720人が暮らしていました。見学会午後の部はこの山口郷を訪ね、湖底に沈んだ村々の痕跡と山口郷の歴史を辿ってみました。

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.       取水塔が印象的な狭山湖(山口貯水池) 湖底に沈んだ村を偲ぶ
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                           仏蔵院参道 
   王辰爾山の称号で渡来人伝承を持つ古刹・昭和8年湖底より当地に移転
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                     境内に並ぶ移転された石造物群  
             文永三(1266)年銘の最古級板碑も移されていました

   

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