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zoom RSS  嵐山時代まつり (嵐山町)

<<   作成日時 : 2017/11/06 21:29   >>

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★連日の好天に恵まれ、嵐山時代まつりの「火縄銃演式」及び「流鏑馬」等を堪能する。
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●嵐山まつりは第36回を数えますが、関連行事として時代まつりが行われています。
 流鏑馬行事は今年で14日目です。
 舞台は源頼朝公に菅谷の地を賜った畠山重忠公が、武運長久の守護神として近江国日吉山の日吉山王権現の御分霊を請願して建久元年(1190年)に日吉山王大権現として奉還勧請し、日吉神社から菅谷神社と改称された場所において戦勝祈願等の出陣式の儀式が行われる。
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その後、神社の境内で火縄銃演式と続く。
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近くで見られるため、隊長の号令も銃の煙・音等も迫力があり、見物の赤ん坊が、ビックリして泣いていた。

その後、総勢80名前後の武者行列が菅谷神社〜まつり会場の国立女性教育会館〜菅谷館跡へと行進する。
若い男女が主役で凛々しい感じであった。
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●菅谷館跡に行く、途中、小学校脇に保存されている。
径20m、高さ3mの円墳(7世紀後半)稲荷塚古墳を見学。墳丘の南側が崩され横穴式石室が開口されており、石室は緑泥石片岩の割石を積み上げ、銅張のある両袖型横穴石室に寄る。

●菅谷館跡では駒王太鼓演奏(子供)で雰囲気を盛り上げる。武者行列到着後、再び火縄銃演式が行われる。

 13時〜は流鏑馬行事です。菅谷館二ノ郭跡で行われました。嵐山町は中世の武蔵ノ国の震源地であった。
 嵐山の地で武蔵武士団を束ねてきた重忠公が畠山家に伝わる源氏の白旗を持って頼朝公と合流した時に、天皇を中心に華やいでいた京都から、武家主導の鎌倉に動く。東国の武将たちが、戦勝祈願、武運長久のため盛んに流鏑馬を行う。

 ちょっと長めのセレモニーが終わり、始まりです。「いざ鎌倉へ」鎌倉街道へと乗り出武者揃いを再現。駒見せ、扇舞之儀、武者揃い、三才之儀などの儀式が行われ又、武蔵流騎馬馬術
、弓矢には神聖な力があるとされており、射ると音響を発して飛ぶ鏑矢でスタートです。
の騎馬長槍・馬上薙刀・騎馬短槍・騎馬太刀もひろうされた。
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流鏑馬射手は一番から六番でしたが、落馬辞退のハプニングもあり五番射手で行われる。
女性が3人いました。腕も見事! 凛々しく、声を掛けると笑顔で答えていただき素敵でした。

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●行事中、中的(あたりまと)が頒布されています。いにしえには「中り的」は家内安全のお守りとして家の西北に置かれる古い伝があるとのことです。
記念に購入された仲間がいました。

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★この季節は、各地域で文化祭、芸術祭など様々なまつりや行事に接する機会が多くあり、今回は好天にも恵まれ、又、一員として携わり参加し、世間を垣間見ることが出来、人として地域のつながりや特技・趣味等を生かし交流を続け活力のある姿と接することの必要性を特に感じます。
行動を起こし、外に出向き感動を多く吸収したいと思います。忙しい中、4名の参加者と楽しい一日を過ごすことが出来ました。。ありがとうございました。















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