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zoom RSS  隅田川七福神めぐり(三クラブ合同)

<<   作成日時 : 2016/01/09 11:33   >>

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★隅田川七福神めぐり
  
 ・平成28年1月8日(金) 快晴の青空に迎えられ、参加者40名が10時〜14時 約6qを楽しみました。隅田川に沿った寺社・旧跡等は江戸の秘められた歴史が多く非常におもしろく、参加者にとって、新たな発見を提供してくれる刺激的な場所です。

 ・初春七草の間に寿福を祝い、家内繁栄、家業隆盛を願う初参り行事を創始したのが隅田川七福神の始まりです。
  「」という数は、陽を表す奇数であり、古くからメデタイ数字と
されている。七難即滅、七福即生、万世安楽という語句は七福神の語源、混雑を避け一日ずらし、心新たに年頭にあたり参拝に行きました。
 
 ・牛嶋神社(関連あり)⇒三囲(みめぐり神社(恵比寿神・大国神)⇒弘福寺(布袋尊)⇒長命寺(弁財天)⇒百花園(福禄寿尊)⇒日鬚神社(壽老神)⇒多聞寺(毘沙門天)
 
  
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  ・牛嶋神社では、めずらしい三輪鳥居(埼玉では三峰神社で見られます)及び三角石鳥居を見ました。

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 ・三囲神社(みめぐり)、なじみがなく読み方に苦労します。弘法大師が祀ったという田中稲荷が始まり、当時は田んぼの中にあった。近江の三井寺の僧が荒れた祠を再建した時、出土した神像の周りを、白狐が現れ三回巡り、消え去ったことから「みめぐり」の名が起こったとされる。恵比寿・大国は越後屋(現三越)にまつられていたもの。

  写真は、現在の鳥居と浮世絵に描かれている鳥居風景です。
  

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 ・続いて、七福神で唯一実在した布袋尊の弘福寺から三代将軍家光が、鷹狩り途中の腹痛を、寺内の井戸水で薬を服用し快癒したことから、長命水の名をいただき、寺号も長命寺とした、弁財天を訪れる。残念ながら、元旦から七日まで休まず営業したため、皆さんが楽しみにしていた長命寺の桜餅及び言問団子の店はお休みであった。
  

 ・王貞治さんが少年の頃、野球をしていた球場の横を通り、百花園に向かう。文化元年(1804)に開かれた百花園に集まる江戸の町民文化を代表する文化人たちの発案で隅田川七福神が」はじまった。ここで記念撮影を行う。花々が咲いているときに再訪をすると良さそう。午前中、最後の寿老神の白鬚神社を参拝後、一時半集合を申し合わせ、近くのファミリーレストランに美味しいものを求め、40名が消える。
  

 ・昼食後は、満腹のおなかを減らす適度の距離のある毘沙門天の多聞寺に向かう。本尊の毘沙門天は弘法大師の作と伝えられる。昔、村人たちは、本堂の前に住む狸の悪戯に悩んでいた。その村人達を門下の僧尼師童子が狸を懲らしめ救ったという伝説が伝わる。山門は切妻造り茅葺きの四足門で、亨保3年(1718)、焼失後に再建され、そのまま今日に至る。めずらしい。


  
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   ・14時頃、無事終了することが出来ました。有難うございました。好天に恵まれ、楽しく過ごすことが出l来ました。感謝申し上げます。 行動され、脳を刺激することが大切です。
   
    ● 参加者のみなさま並びに会員の皆様のご多幸をお祈りいたします。
  
   

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