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zoom RSS 第12回 古道探索倶楽部の見学会 鎌倉街道を訪ねて 羽根倉街道(引又道・奥州道)

<<   作成日時 : 2015/11/18 13:03   >>

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今回の古道探索倶楽部の見学会は11月14日に開催。天気の悪い中、総勢17名参加。東武東上線の『志木駅』から『埼玉大学』への羽根倉街道(引又道・奥州道)を訪ねました。

羽根倉街道は中世の主要幹線路として軍事的機能、物資の輸送、文化の伝播に大きな役割を果たした上道、中道をつなぐ脇往還と言われています。引又の名は寛永から明治まで現在の志木市の地名として使われていたそうです。その語源は新河岸川と柳瀬川の合流地点の地形が蟇蛙(ヒキガエル)の形に似ているところからと思われています。

「舘ノ氷川神社」は延暦年間に坂上田村麻呂が大宮氷川神社に戦勝祈願をしたところ、椋の実を食べると勝利するとの託宣を受け、その実を食べて戦勝し、そのお礼に社を建てたとの伝説があります。

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「宝憧寺」は志木のカッパ伝説発祥の地でもあり、市内には色々なカッパの像が23基設置されています。
「東明寺の庚申供養地蔵」には《蟇俣》の文字が刻まれていて、その由来の案内板があります。
「いろは樋」は野火止用水を引又から対岸の宗岡地区へ送水するために寛文2年に新河岸川上に掛けられ灌漑に利用したものです。

「志木市郷土資料館」は《引又宿絵図》などたくさんの資料や道具を拝見出来ました。
「羽根倉古戦場」を見学し、最後は舟和浦和工場直売所で《芋ようかん》を頂きました。美味しい芋ようかんを食べて埼玉大学まで行って無事解散。小雨の中、14カ所を歩き通し、皆様お疲れさまでした。

次回は28年3・4月の桜の頃、「東所沢駅」から「柳瀬川駅」の続編羽根倉街道(引又道・奥州道)の予定です。

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