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zoom RSS 浮世絵を歩く―第5回は「亀戸かいわい」

<<   作成日時 : 2015/03/06 15:34   >>

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今回は、早春の亀戸地区。いまなお江戸文化の雰囲気を残している街です。2015年2月27日、午前10時にJR亀戸駅前に参加者27名が集合、下見の時には中川まで堅川(立川=現在は暗渠です)に沿って歩いたのですが、けっこう距離があったため、今回は駅前から路線バスに乗車。バス停・浅間神社で下車、その浅間神社にもお参りしました。富士塚や古い庚申塔など見どころが多い寺です。

旧佐倉街道(千葉街道)に沿った堅川(立川)が中川に合流するあたりが大江戸名所百景(広重)の中の「第67景 逆井(さかさい)のわたし」の舞台です。広重の浮世絵に方角を合わせると目の前には高速道路の橋脚、川の向うには小松川アパートが大きくそびえていて、シラサギが飛び緑豊かだったかつての風景を想像することはできません。満潮時には逆流することから「逆井」だった中川は、明治43年の大水害後に建設された荒川(放水路)によって分断され、ほとんど流れはなく、いまでは「旧中川」とよばれています。カヌーがうかび、のどかな風景です。

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中川の土手をゆっくり歩いて、総武線の鉄橋を越えたあたりに都立亀戸公園が見えてきます。かなり大きな緑地帯になります。休憩後、ここを横断して、亀戸水神へ。水神駅を越え、街の中の古道を歩いていくと道が緩やかな登りになり、いくつもの小路が集まった中心にあるのがこの小さな神社です。古代から亀戸の歴史は水害の歴史でもあります。水神様がこの地で多くの信仰を集めた理由がわかります。付近にはこうした古道も多く残っているようです。

蔵前橋通りと明治通りが交差するあたりに「梅屋敷」と称する商業施設があります。一行はそこで休憩のあと、各自で昼食。亀戸はけっこう物価が安い感じです。午後はまず、亀戸神社へ。ここが「第65景 亀戸天神」。藤の花とその向うの太鼓橋を描いた広重の絵をゴッホが模写したのは有名です。この時期は紅梅が咲き、白梅も咲きはじめています。多くの人で賑わう太鼓橋の上で全員で記念撮影。

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神社を抜けてすぐの北十間川へ。ここを少し東に進むと、小さな碑が立っています。「第30景 亀戸梅屋敷」の跡です。明治43年の水害で梅の木も屋敷も壊滅したとのこと。名残のため、梅の木も植えられていますが、かなり地味です。

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道路を渡って福神橋にでると、ここからの眺めが「吾妻の森連理の梓」になります。吾妻神社に行って、かつて海上からも見えたという樟(くすのき)の威容を、残された幹のありさまから想像します。

この北十間川を西に、東京スカイツりーに向かってしばらく歩くと横十間川との合流地点にでます。かつて柳の木が多いところから名づけられたという「第32景 柳しま」です。川の流れは昔とかわっていませんので、浮世絵の筑波山の位置を考えたりするのも楽しいものです。江戸の街にはこうした運河が縦横に走っていたのです。すぐ横にある法性寺は葛飾北斎など江戸文人の信仰をあつめたところで歌川豊国の筆塚など面白いものがたくさんあります。ここから押上駅まで歩いて解散となりました。

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 (文章:NT 写真:KIN)

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