埼玉県立歴史民俗博友の会ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 『大江戸百景を歩く─虎の門・芝方面』 浮世絵同好会

<<   作成日時 : 2014/10/28 15:33   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

2014年10月24日、友の会浮世絵同好会の第4回広重の「大江戸百景を歩く会」。今回は、虎の門ヒルズや環状2号線が開通して大きく変貌している港区虎ノ門から芝方面に向かいました。

新橋駅に集合した一行24名は、駅から数分の烏森神社に行き全体の説明を聞き、外堀通りに出て、虎の門交差点へ。虎の門は江戸城の西(白虎)に位置した門で、近くの貯水池・溜池から外濠に流れ出る滝が江戸の名所になっていて『大江戸百景』では『第113景 虎の門外あふひ坂』に描かれ、北斎の「諸国滝めぐり」でも『東都葵ケ岡の滝』として描かれています。

画像


虎の門交差点にある文部科学省本館には、この付近にあった江戸城石垣の一部が保存され、展示されているとのことで見学。交差点に戻って、琴平神社を通り抜けてすぐの虎の門病院近くの交差点付近、『第113景』の位置のようです。



画像

画像


ここからは、今年完成した環状2号線を通って虎の門ヒルズ(高層ビル)へ。広い1階ロビーで休憩。この高層ビルの前が愛宕通り、渡った付近が、次の場所『第112景 愛宕下薮小路>』の舞台のようです。愛宕山の森がかすかに見えますが、当時は、浮世絵にあるようにここにも豊かな水の流れがあったようです。都内でもっとも高いこの愛宕山(標高26メートル)から芝増上寺まで続く台地は、武蔵野台地の最東端で崖線下には伏流水がいくつもの湧水になって流れ出していました。これは、王子、上野といった台地も同じ構造です。

画像


画像


この芝台地は、古代には古墳が築かれ、寺社と墓地がつくられ、近代には将軍の菩提寺になっています。中沢新一の『アースダイバー』によれば、この縄文海進時代以来の遺跡の宝庫は、東京随一の聖地となっていた場所ということ。確かに沖積低地を海とした地図で見ると、海から見た、この東京都内で一番の高台の位置関係がよくわかります。戦後の東京タワーまでこの東京最大の聖地に引き寄せられたことになっています。

愛宕神社へ。ゆるい坂(女坂)、急な階段(男坂)と別れて登山(!)、神社で集合、『第21景 芝愛宕山』の風景を眺めます。浮世絵に描かれた赤い仁王門はなくなっていますが、雰囲気は楽しめます。眼前のビルがなければ芝浦の海が見えることでしょう。下山は全員でエレベーターに。愛宕トンネル前にでました。そこから、御成門を見ながら芝増上寺まで散歩です。

しかし、ここまでで意外に時間をとってしまったので、昼食場所の老舗蕎麦屋「更科布屋」目指して大門へ。江戸時代から続く老舗店で食事と休憩。食後、『第79景 芝神明増上寺』の位置で記念撮影、それぞれ自由に増上寺を参詣しました。

画像


画像


最後に向かったのが、増上寺の五重の塔が建っていた芝丸山古墳山。ここが『第53景 増上寺塔赤羽根』の舞台です。この五重の塔は昭和20年の戦災で焼失するまで現存したというのに、今や礎石跡もなく、その正確な位置もわからないという不思議さです。昭和30年代の開発で丸山古墳の一部も含めて破壊され、あとは道路やテニスコート、ボーリング場、そして現在はホテルへと変貌をとげました。かつての死者の聖地でいまや盛大な結婚式が行われるているわけです。方墳部横の草地を五重塔跡地と認定して、浮世絵の構図を楽しみました。

画像


ここで、解散ですが、芝公園近くのメルパルクという施設で休憩し、この日の感想などを話し合いました。


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
『大江戸百景を歩く─虎の門・芝方面』 浮世絵同好会 埼玉県立歴史民俗博友の会ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる