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zoom RSS 「卑弥呼の時代と東国の古墳」 聴講記

<<   作成日時 : 2007/04/25 23:37   >>

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 画像この日は友の会創立1周年を記念した講演会で、友の会設立時の立役者でもある高橋前館長が卑弥呼の時代をわかりやすく講義してくださいました。
 邪馬台国というと、「所在地がどこか」という議論が長らくありますが、調べてみたところ江戸時代から議論されていたらしいです…。
 400年あまりも議論されてもいまだに尽きない謎。これこそ歴史の面白いところです。現在では大きく「九州説」と「畿内説」があります。
 高橋前館長は、卑弥呼の生きた時代に現れた手焙式土器(てあぶりしきどき)に着目して当時の日本を紐解いていきました。
 日本独自の器形で全国で1000例程度しか出土しない非常に珍しい土器である手焙式土器は、2世紀後半に畿内に分布し、4世紀に定型化した前方後円墳が出現すると消滅するそうです。出現期はまさに邪馬台国の時代です。
 「土器は一人で歩きませんからね」と高橋前館長は言い、当時の畿内を中心とした手焙式土器を使っての「火の祭祀」の共通した精神的基盤が九州から関東の広い範囲に普及していったことを示唆されました。そしてまた、東国の古墳から出土する手焙式土器の形式から、3世紀の東国には東海系と近江系の人たちが移住してきたらしいこともわかります。
 今回の講義で、学校で習った歴史よりも明らかに早い時期に日本はまとまりつつあったのだ、ということがわかってきました。まだそれが邪馬台国とイコールであるという決め手はありませんが、畿内に当時プレ大和政権といってよい勢力があったことは間違いないようです。
 講義の終わりに「邪馬台国はどこにあったか」というアンケートをとりました。私はおそるおそる「畿内」に一票を投じました。
 次回5月20日(日)には滋賀県立大学講師 高橋徹氏を招いての「最新!邪馬台国所在地論!」が開催されます。ここでも新しい発見があるだろうと今から楽しみにしています。
                            (19年4月22日 shimo) 
高部32号墳(千葉・木更津市)出土 手焙式土器
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